朝ノオト

空想に遊ぶ

朝とアンパンマン

連休が終わるのが名残惜しかったのか、昨晩もお酒を飲みすぎてしまったので、今朝の鏡にはアンパンマンみたく顔を腫らした男がいた。ワインといい紹興酒といい、美味しいお酒を一人で飲むと止め時が分からなくなるダメな人間なので、少しの後悔を含んだ寝起きの作画はやなせたかし先生になってしまう。これはこれで楽しくなるので、状況は依然変わらないままなのだろう。

お酒にまつわるあれこれを覚えたのは大学二回生の夏休みで、まだ無名気味の建築家と家具デザイナーが講師を務めるワークショップのことだった。この2人のことを今では相当慕っていて、たまに兄貴などと言っているのもこの人たちのことだ。

四国の海沿いの町は感覚が非常にリラックスしていて、それは漁の時期は暗い朝から働いて午後はのんびり暮らす生活や、暖かい気候に由来するのだと思うけれど、このワークショップも例に漏れず気楽な雰囲気だった。

企画の内容は、廃校舎に地域の人のコミュニティキッチンを作るために、そこに置く家具をデザインして製作するというもので、それを5日間のスケジュールでやるもんだからかなりカツカツであったのだけれど、夜毎、講師たちも含めて飲めや歌えやしていた。

未完成のキッチンには、それでもいい感じのカウンターと明かりがあって、パイプ椅子と各々作った家具をごちゃ混ぜにしての空間は非常に良く、偶然集まった初対面の人間10人でもくつろげた。深夜まで元気にハイボールをあおって、好きな音楽をかけたり、熱っぽく話したりしているうちに、みんなグデングデンになって眠っていく日々だったけれど、朝になればみんな二日酔いのひどい顔をしながらも不思議と起きて、支度を整えるとキビキビ手を動かす姿が面白かった。

家具デザイナーの兄貴は天才で、本当に楽しそうなのだけれど真似はできない人だった。ペルー人みたいな人で、中身も南米みたいな大らかなお祭り男なのできっと、本当にペルー人なのだと思うけれど、本当にいい顔をしている。オンオフの境目が見えない人だけれどふざけている風にも見えない、真剣な顔つきで丸ノコで木材を切ったと思いきや、次の瞬間にはタバコを燻らせて踊っていたりする。自分のことをムードメーカーだと言っていたけれど、本当にいい雰囲気を漂わせる人だ。きっと雰囲気にまつわるシャーマンか何かで、大きな波に従って異様にセンシティブに生きているに違いなくて、それは楽ではないはずだし、とにかく天才の類の愉快な兄貴である。

特に印象的だったのは建築家の先生だった。みんなが起き始める時間には、死んだように床に転がって寝て、顔にわさびが塗られた形跡があったりするので、今日はこの人はダメなんだろうなと歯を磨きながら眺めていると、ムクッと起き上がって、顔を洗い、ジャケットに袖を通すともう建築家モードになっていた。起きてものの数分後には、地域の役所の人にプロジェクトの進行具合をプレゼンしたりしている。「なんだこの人は」と思いながらも、そこには共感と憧れがあった。

経歴も実際も超優秀な人間で、僕の知っている中でも屈指の切れる人である一方で、難しい言葉を使いまくることはせずに、誰とでも対話できる素敵な人間性を備えている超人。平時穏やかな雰囲気ではあるけれど、オフにはオフらしくリラックスしているので、これは技術だなと感じていた。

ストロングゼロウイスキーを割るという生き急いだお酒を飲んでいたのはどうかと思っていたけれど、仕事が終わると楽しそうに酔っ払っては音楽やくだらないこと、たまに建築の話なんかをして、いつのまにか寝落ちしていた。それでもやはり、翌日になるとケロッとしていて、実際には疲れや酔いが残っていたりするのかもしれないけれど、僕から見る分には元気良さげで、それはとても清々しい姿勢だと思っていた。

べらぼうに酔っ払おうが、遊ぼうが、朝になればシャキッと仕切り直す。そんなやせ我慢とも言える清々しさを見ながら、僕はお酒を覚えたので深酒程度でへこたれている訳にはいかないなと、顔の腫れた男が映る鏡の前で思っていたのが今朝。

破れかぶれのアンパンマンはそれでも清々しくありたいなと思いながら、今日もいそいそとコンタクトを入れ、寝癖頭をワックスで搔き上げる。上着を羽織る時、少しこそばゆい気分も感じるけれど、うまく1日を始められている。