朝ノオト

だいたい毎朝、あるいはたまに、朝、詩みたいなのを書いて吐き出します。

持続

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夏風邪をひいてダルダルな今日です。

健康な時はもっと健康な状態に憧れ、風邪引きの時はいつも通りを切実に求めてしまう欲深い人間です僕は。

日々やりたいことを夢想しつつ、自分のスキルとの乖離やうまくできなかったらどうしようみたいな不安に自分を邪魔させつつも、それでもあれができればこれができればと考えているうちに今日も終わってしまいそうです。まあいいですけどね。

ダラダラ考えているだけでは何の役にも立たないのは事実でも、いつか何かやった時に、あの時の考えがここに繋がったなって瞬間が確かにあるので問題はないのです、きっと。多分。おそらく。

考えるだけ以上のことができる元気のある日は拙くとも、チラシの裏にでも、iPhoneメモにでも何でも書いてみたり、形にしてみたりするといいです。できるだけ全力で。特にアイデア出し惜しみはもったいないだけなことが多いです。

落書き以上の何物でなくても物理的な積み重なりは記憶の上でもしっかり存在感を持つもので、ふとした瞬間にここに収束したって瞬間がやって来やすいです。あの時書いた絵は自分の中のこの感情にそっくりだって思えたりすると楽しいです。無意味さが無意味さを支えて意味っぽくなる瞬間って最高。

詩とかもそうで、たとえそれがはたから見れば言葉足らずな記述にしか見えなかったり、意味不明な言葉の羅列でしかなくとも、生きている、ある瞬間にとっても相応しいような言葉になる時がやって来て、何気ない瞬間が絶対的に感じられたりします。

僕がナンセンスを愛でまくるのもこういう瞬間がたまらなく好きだからで、僕なりの生命賛歌だと思っています。

半年ほど前、僕がナンセンスを想って書いた詩があったので掲載します。

いつかこの詩が、もっとたまらないナンセンスの道しるべになってくれると楽しいなって思います。

 

「ナンセンスダイナミズム」 

 

映画を作る人が偉くてただ見る人は無駄か
見る人のいない映画も無駄か


訳もわからず
ただただ作りたくて作る人にとっての
それをみてくれる人がいる心強さ3%
で作られた映画
を見て作られただけの世界
を知った女の人
が魅力的だと思う僕は
隣の席に座った
その人が存在してくれていることの
ありがたさ0.2パーセント、
ツイッターで見たあのちゃんの
可愛さ90パーセント
あとその他いろいろ数パーセントで
今日はなんとか
レポートに向かっていられるし、
そんなレポートを評価するから
先生は先生なのだろうし、
評価されるからブログじゃなくて
レポートなんだろうね。

 

おぎゃあおぎゃあと生まれた
なんでもない赤ちゃんは
それだけで
僕にとっての生きたみになるし、
なんでもない僕も
きっと0がいっぱい連なったあと.1%で
誰かにとっての今日を
支える部品に違いない。

 

宇宙が始まった頃から
そこにあった無駄が積み重なって
いつの間にやら
素敵なところを飛んでいる。
今日も今日とて
無駄は重力をすり抜けて、
だから地球は浮いている。
僕はというと表面で
やはり淡々と
スマホをいじって浮かぶ宇宙を想う。